完売してしまったのだが、その後も数名の方からご要望をいただいた。
古山さんにそのことを伝えると、新年早々、またご自身のサインをして送ってくださったので、
2,000円で販売出来ることになった。
古山浩一 自費出版 ― 実録万年筆外伝その1 ―『4本のHEMINGWAY』
2,000円
前回同様、店売りのみです。


手紙と一緒に一澤の麻バッグが入っていた。
その手紙とバッグ



昨年の12月25日の更新「贈り物」で、
ドゥーニー&バークの鞄を古山さんからプレゼントされ、
その中で信三郎帆布のことにも触れている。
これからご覧いただく「一澤帆布製」は、25年前に古山さんが求め、
使っていなかったものが見つかり、私にプレゼントしてくださったもの。



今頃何を送って来たのだろうか?と中を開けると
今は幻となったあの『4本のヘミングウェイ』 だった。
まだ美術の先生をしていた古山さんが店に来て、
「万年筆の職人の生の声を残さなくてはいけないと思うんだ。
みんな年寄りだから今やらないと死んじゃうし…、だから協力してくれ。」
残念、俺は生きてるよ。
ただ人間としてはまだ生き続けられそうだけれど、研ぎ職人としては瀕死の状態 で、
「残念、俺は生きてるよ。」とも言えないのだが。
もう20年も前の話しなのだが、こいつ何を考えているんだ。
「変な奴」と思った。
一人の教師がやることか。
確かに職人の生の声、生き様を後世に伝えることは
もの凄く重要なことだと私も認めてはいるが、それをお前がやるのか。
案の定、自費出版となり、三桁の万の借金を抱えたと言う。
「大ばか者」
それからも彼は全国の万年筆の職人、鞄の職人との交流を自費で続け、
出版社から著書を出し続けている。
「大ばか者」から、職人の心と生き様を伝える「伝道師」として尊敬する人と
私の中では変わっていった。
2010年、古山浩一著『鞄の達人』が枻(えい)出版社から出版された。
その中で、Fugeeの藤井さんは頑固職人と言われているが、
本物の職人として私も尊敬している。
万年筆の頑固職人と言えば、森山で、
その森山に「俺は馬鹿だが、お前は大馬鹿だ。」と言われたと書かれている。
今も大馬鹿だと思っているが、今の時代頑固とか馬鹿とか言われている方々を
私は好きで、お付き合いさせていただいている。
利口な奴は嫌いだから。
そんな古山さんが、大げさに言えば、命がけで自費出版された、
― 実録万年筆外伝その1 ―『4本のHEMINGWAY』 を数少ないですが、販売します。
では、表紙からご覧ください。


古山さんのサイン入りです。


さて、売るに当たり、売価をどうしようか考えたのだが・・確か当時は1,500円だったと思うが、
私の好きな18年の熟成と素敵な古山さんのサイン入りなので2,000円に決めた。
古山浩一 自費出版 ― 実録万年筆外伝その1 ―『4本のHEMINGWAY』
2,000円
但し、店売りのみです。
同じく175周年を記念して本が発売されるので少しだけ撮影しました。
ご覧ください。












ご覧いただいたように万年筆のページは殆どなく、ペリカンの画材を使った味わいのある絵が多い。
気に入った絵を切り取って額に入れて、部屋に飾ったら良いのでは、と思っている。
大きさ: 28cm×23.5cm
ページ数: 167ページ
発売予定: 8月
価格: 5,000円(税込み5.250円)
フルハルターでも販売を予定していますので、ご予約いただけます。
これもなかなか面白い。
この写真&文は、渡辺 順司さんという方。
専門は、マーケティングで帯には“マーケティング的視点からの「万年筆論」”とある。
マーケティングと私の仕事は真反対に位置するのかも知れない。
渡辺さんが突然来店されたのは半年位前だったかもしれない。
「万年筆の本を造る」ということで。
それから、何度かご来店くださった。
その度に熱い思いと写真を見せてくださった。
私が驚いたのは、その写真の凄さである。
今までにはない万年筆本になると直感した。
先週、これも突然丸善プラネット(株) 丸善出版事業部の方々がお二人でお見えになり、
「この本をこちらでも取り扱ってくれないだろうか。実は○○さんからフルハルターに行ってみてはと紹介されたので。」
その本には、写真・解説 渡辺順司『万年筆ミュージアム』と。
「あ、これあの渡辺さんの本…。出来たんですね!」
発行:丸善プラネット 発売:丸善
本体価格3800円で、全国の主な書店には置かれるということなので、是非ご自分で確かめて欲しい。
フルハルターでも数冊単位だが、置かせてもらうことにした。
では、画像で少々紹介しよう。




















残念、無念である。
古山さんのサイト 「出版断念の経緯報告」 を見ると腹が立つ。
以前お会いした時、
「グリーンアローから出版した後多くの方々と会い、更に取材を重ねたんだけれどその中には年齢も高く、仕事をいつまで続けられるかという人が居るんだよね。何とかその人達が仕事をしているうちに出したいんだよね。取材だけで活字にならないと俺までいい加減な奴になっちゃうよね。」
と言って居られた。
その気持ち、私にはよく判る。
多くのお客様から
「どこにも無くて入手出来ないんだけど、いつ出るの?」
と聞かれる。また
「あれは文化そのものだよね。」
という声も。
何とか出版出来る様、私に出来ることがあれば何でもするつもりである。
前回ご紹介した『4本のヘミングウェイ』は1997年12月、「実録万年筆外伝 その1」というサブタイトルをつけられ自費出版されたもので、
古山浩一/中谷宗平/フルハルター・森山信彦/
万年筆博士・山本雅明・田中清美/松田文化堂・松田正男/
セーラー万年筆・川口明弘/「万年筆の山田」物語
という内容であった。
古山氏はその後も取材を続けられ、『実録万年筆外伝 その2』を自費で出版されるつもりでおられたのだろうが、グリーンアロー出版社から、「その1+その2」を合わせて刊行されたのが、今週ご紹介する『実録万年筆物語 4本のヘミングウェイ』である。 自費出版から2年数ヶ月経った2000年3月に刊行された。
追加された万年筆職人さん達の顔ぶれがすごい。 上に記した方々に加えて、
仙台大橋堂・植原榮一/プラチナ万年筆・渡邊貞夫/パイロット万年筆・千葉茂樹/
川窪万年筆・川窪克美/エイチ・ワークス・長谷川晃嗣/最後の挽物師・酒井栄助/
神様・長原宣義/ペン芯職人・中村光夫/市井のペン先調整師・森 睦/
万年筆職人、内野氏こつ然と現わる/
という具合で、更に内容が充実した。
いままでほとんど語られることのなかった、万年筆職人、製造メーカー、万年筆愛好家の方々、いろいろな人たちの万年筆に対するこだわりが満載の、日本ではじめての万年筆読本である。 丹念なる取材の末の文章が緻密に構成され、 万年筆にさまざまな角度から光を当てている。 また、特筆すべきは、ほぼ全ページにわたって載せられている挿し絵で、 すべて万年筆を使って描かれている。
こんな万年筆職人の本は2度と出版されることはないであろう。是非、一冊持っていてもらいたいと、心から願っている。出版社名、著者名を伝え、注文されれば、一般の書店で入手できる。



『4本のヘミングウェイ』の名づけ親とも言うべき万年筆倶楽部の会長、中谷でべそさんと一緒に、「万年筆の職人仕事を後世の人に伝えたい。 職人さんは高齢の方が多いので、早く取材をして本にしたいが協力してくれるか。 」と古山さんが訪ねて来られたのは。しっかりと記憶している訳ではないが、おそらく1995年であったろうと思う。
それから鳥取や土浦、松本と取材を続けられ、画家として、また学校の先生としてお忙しい仕事の中、まとめあげて出版されたのが1997年12月。 大変なご苦労をなされ、氏とは何の関係もない万年筆職人についての本が出来上がった。
この『4本のヘミングウェイ』は万年筆好きの方にとても好評だったが、その理由は、これまで万年筆の本がとても少なく、あっても雑誌でカタログ的なものばかりだったのに、職人の生の声に接することが出来る唯一の本であったからだろう。1995年当時は、古山さんのことは殆ど知らなかった私もこの時の取材を機会に今は親しくおつきあいをしている。
そのつきあいの中から判ったことは、古山さんが「“文化”や“手仕事”等を残したい、伝えたい」という強い意志のある方だということ。 それは何も万年筆に限ったことではない。
自費出版本から3年経った2000年3月、『――実録・万年筆物語―― 4本のヘミングウェイ』(定価税抜き2,600円)がグリーンアロー社より発行された。 これについては次項であらためて紹介しているが、万年筆に興味のある方は是非読んで欲しい。 本屋さんで注文されれば入手は可能だと思う。
自費出版本の内容は、グリーンアロー社刊本にすべて網羅されているが、装幀や挿し絵の鮮明さなど、さまざまな理由から、わざわざ「自費出版本」を求められる方も多い。


モンブラン75シャープペンシルは、芯の繰り出しはノック式で、芯タンクには0.9ミリ芯が二十本ぐらいは入る。シャープペンシルで文字を書いていて芯が短くなり、それを使いきったときは、万年筆ならばキャップのてっぺんにあたるところにあるノックと呼ばれる部分を親指で何回かというより三回か三回押すと、芯が文字を書ける状態にまで押し出されてくる。万年筆のキャップに相当すれ部分は金張りになっている。モンブランのシャープペンシルは75の型までは芯の太さが0.9ミリだったが、その後は0.7ミリの0.5ミリの芯に移行してしまった。
小学生、中学生、高校生、大学生が使用するシャープペンシルの芯の太さは0.5ミリが圧倒的だ。これは樹脂芯の開発により、0.5ミリという太さでも、文字を書いていても芯が折れにくくなり、それとともにシャープペンシルの価格が一本百円などという低さに設定されたため、彼らの日常用筆記具となったと言われている。
私も0.7ミリとか0.5ミリという太さの芯のシャープペンシルを使ってみたことはある。あれは私には向かない。字が細すぎるのだ。私は万年筆のペン先もMより太いものしか使用しない。最も多いのはB、太字である。BB、極太というのも持っている。もっとも万年筆のほうのペン先は、BやBBのものは、全部森山モデルにしてあるので、実際の太さはBはMに、BBはBに近くなっている。しかし、万年筆の場合、私は手帳用以外にはF、細字といったペンは使用しない。文字の線にある程度の太さのあるほうが、好みだからである。
したがってシャープペンシルで文字を書く場合も、文字や数字の線が細いのはどうもしっくりしないのだ。それで0.5ミリや0.7ミリの芯は敬遠し、ずっと0.9ミリ芯のシャープペンシル・モンブラン75を愛用してきたわけである。また私は芯の濃さもBか2Bでないと駄目なのだ。芯が軟らかくて、色の濃いものでないと、たよりない気がするからだ。それは私の筆圧とおおいに関係がある。私は筆圧が極端に低い。万年筆で文字を書く場合、ペン先に力を入れることはない。ペン先は軽く紙に触れるだけ。それでいてかなりの速さで文字を書く。だから私の持っている万年筆は全部、インクの流れのすこぶるよいものばかりになっている。全部、私の書きぐせに合わせて大井町の万年筆店「フルハルター」主人の森山信彦氏に調整してもらったものばかりである。
ほとんど力を入れずに軽く万年筆を握って文字を書くのが私のやり方だから、それはシャープペンシルにしても同じになる。だから私にとってはHBでも芯が硬い気がするのだ。それでシャープペンシルの場合は、0.9ミリの2Bが常用の芯ということになったわけなのである。
私は万年筆の場合だと結局モンブラン146の軸の太さが、私の手の大きさにぴったりだということに気がついた。二十年以上にわたるモンブラン万年筆遍歴のすえにである。この太さが私には最も相性がいい。モンブラン146で文字を書いているかぎり、三時間でも四時間でも五時間でも六時間でも疲れない。五時間も六時間もということは、まずないことではあるけれども……。
そういう私に言わせると、モンブラン75シャープペンシルの軸はやや細すぎると思うのだ。たまに字を書くのならモンブラン75でいっこうにかまわない。ところが私の場合、雑誌の原稿やテレビのナレーション原稿を書くのが仕事になっている。日常的にモンブラン75を使用するわけだ。そして実際ここ十五年ばかり、ずっとモンブラン75を使用してきた。私はせめてモンブラン146とセットになっているシャープペンシル・モンブラン165の太さならなあと何度思ったかしれない。残念ながらモンブラン165というシャープペンシルは芯の太さが0.5ミリか0.7ミリのものしか適用できないのである。
万年筆やボールペンやシャープペンシルや水性ボールペンといった筆記具の軸の太さを考えてみると、軸が細い場合、どうしても力が入ってしまう。軸が太ければ、同じ力を加えたとしても、それが分散されるため、そう力が入ったという感じがしないのかもしれないとは思うのだが……。
とにかく私は、万年筆ならモンブラン146の太さが気に入っているので、シャープペンシルにもモンブラン146と同じ軸の太さで、芯の太さは0.9ミリのものができれば理想的なんだがなあと思いつづけてきた。
その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。一九九五年一月から販売されるようになった、マイスターシュテュック・グランド・コレクションのなかのシャープペンシル・モンブラン167がそれだ。このシリーズには161というボールペン、166というマーカーも揃っている。軸の色はブラックとボルドーの二色だ。
モンブラン167シャープペンシルは、とにかくモンブラン146万年筆をシャープペンシルにしたものだと考えてもらうとわかりやすい。一番の特徴は軸の太さだ。モンブラン146の軸の太さは、手元のノギスで計測すると1.3センチである。モンブラン167シャープペンシルの軸の太さも1.3センチである。これは当然と言えば当然なのだがこの太さが私にとってはありがたいのだ。
ちなみに私の愛用してきたモンブラン75シャープペンシルの軸の太さはというと、0.95センチである。その差は直径で3.5ミリにすぎない。たった3.5ミリだと思うかもしれないが、直径0.95センチの円周は約3センチであり、直径1.3センチの円周は約4センチで、その差は1センチある。つまり、モンブラン167はモンブラン75に比較して、軸のまわりが1センチ長いということになるのだ。これは軸を握ったときの感じがまったく違う。
これまでモンブラン75を握ったときに、つい力が入ってしまうということがよくあったのだが、モンブラン167の場合はそういうことはなくなった。なにしろモンブラン146の万年筆と同じ太さなのだから。
そして芯の太さは0.9ミリだ。これはモンブラン75シャープペンシルと同じだからなんの問題もない。問題は芯の濃さだ。モンブランの0.9ミリの替え芯はHBしかないのだ。私はこれはしかたがないので、ステッドラーの0.9ミリ2Bという芯に詰め替えて使用することにした。これまでもモンブラン75に詰めていたのと同じものである。
モンブラン167シャープペンシルの芯繰出し機構はノック式ではない。キャップ回転式である。シャープペンシルのキャップ相当部分を右にひねれば芯が繰り出され、左に回すと芯が引っこむ方式である。そして芯を使いきった場合、自動的に芯タンクから芯が出てくるわけではない。その場合はキャップをはずし、芯タンクをふさぐ消しゴムをはずして芯タンクから芯を一本引き出す。そしてその芯をシャープペンシルの先端から押し込むのである。昔の、それも三十年以上前のシャープペンシルの芯の詰め方が復活したのである。戦国時代の火縄銃と同じような、先込め方式と言ってもいいだろうと私は思う。
モンブラン146万年筆は、今から七十年も前に今のものとほとんど同じデザインで発売された。インクの吸入方式は当時と同じ回転式だ。完成された形で登場した万年筆と言えるだろう。なにしろ七十年間モデルチェンジがなかったのだから。それだけではない。ここへきて、軸やキャップにプラチナを用いたり、金とプラチナ、純銀を用いたりしたものが次から次へと登場するようになってきた。
そのことと軌を一にするかのように、モンブラン146万年筆のシャープペンシル版と言うのか、モンブラン167シャープペンシルが、ついに現実のものとして私たちが毎日使用できるようになったのである。七十年もかかってと言うべきなのか、七十年たったからこそと言うべきなのか、とにかく私はモンブラン167シャープペンシルを手にすることができて幸せだと思うものである。
モンブラン167シャープペンシルの使い心地はどうかというと、現在のところ私にとっては理想のシャープペンシルで文句をつけるところはどこにもない。手に持ったときのバランスもいい。芯はステッドラーの0.9ミリ2Bの濃さで紙の上を滑らかに文字を定着させていく。書き損じをしても、芯の濃さが2Bなので、消しゴムで難なく字を消すことができる。なにより手に力を入れる必要がないから疲れない。それは万年筆のときよりは若干よけい力が入っているようには思うが、軸が太いぶんだけ、加える力が少なくていいようだ。これまで愛用していたモンブラン75シャープペンシルに望んでいたことが、モンブラン167には全部備わっているという思いがする。
つまり完璧だと私が思う商品に接したときに、いつも思うことなのだが、その商品に関して私はもう思いわずらうことから解放されて自由になったということなのである。私はシャープペンシルについては、どこかに私の気に入る製品はないかなと思うことはなくなったのである。これから私はシャープペンシルに関するかぎり、モンブラン167だけを常用にするつもりでいる。それが可能になったことがたいへんうれしいと思うのである。
鳥海 忠氏著 『ホンモノ探し』
たしかにマイスターシュテュック146はペン先のしなり具合といい、インクの流出のスムーズさといい、インク吸入機構が七十年間変化のないピストン式だということといい、万年筆の傑作だと多くの人がいうのは素直に納得できる商品だと私も思う。
私が持っているモンブラン146のうちの二本はペン先が特別に柔らかいものになっている。 ペン先の太さはMとBだ。 特別に柔らかいとはどういうことかというと、現在販売されている146につけられているペン先ではなくて、一九四〇年代の後半、つまり第二次大戦が終了したころ、モンブラン146に装着されていたペン先というのが、モンブランの日本総代理店ダイヤ産業に何本か残っているという話をダイヤ産業の森山信彦氏に聞き、無理をいってそのペンを頒けてもらい調整してもらったことがあるからである。 このペン先の柔らかさに近い書き味の万年筆といえば私の持っているもののなかでは、パイロットエラボーの中字のものしか思いあたらない。
残る三本のモンブラン146のペン先はMのものばかりなのだが、このうちの二本は最初からMだったのではない。 BBという太さのものとBという太さのものを、森山さんによってMに削ってもらったいわくつきのものなのである。 森山モデルとは森山信彦氏によって新たにBBなりBからMに再生した万年筆という意味が込められているのである。
もう八年前になるが、光文社文庫で『こだわり文房具』という本を出してもらったとき、私はモンブラン万年筆のデッドストックを探しに香港やシンガポールに出かけたことを書いた。 それを読んだ森山さんから連絡があり、私の持っているモンブラン万年筆のペン先を私の書き方に合わせて調整してくれるというのである。 私は訪ねてこられた森山さんの前で住所と氏名を何回も何十回も書いた。 それを見て森山さんは私の書きぐせを見抜いたのであろう。 当時私が所持していたモンブラン万年筆十教本は一ヵ月ほどしたら、どれもこれも、万年筆というのはこんなにも書き味のなめらかなものなのかと思うほど良好な状態のものになって私のところに戻ってきたのである。
私は万年筆に対する森山さんの熱意に驚きいったいどういうわけで、こういう状態のペン先に調整することができるのかと森山さんに事情を聞いた。 私自身はモンブランばかりでなくほかのメーカーの万年筆も相当数持っている。 万年筆好きな人間だと自認している。 同じように森山さんも万年筆好きなのだが、その度合いが私など比較にならないくらい激しいのである。 なにしろ森山さんはモンブランの万年筆が好きでたまらなくて、ダイヤ産業に入社し、サービス部で万年筆の修理・調整を職業にしてしまったというのである。
職業がらといってしまえばそれっきりではあるが、森山さん自身がまたモンブラン万年筆のコレタターとしては当代きっての人であることも何回か話を聞いているうちに判明してきた。 日本のモンブラン愛好家に少しでも書きやすい万年筆を使ってもらいたくて森山さんはこの二十年間に、何万いや何十万という本数の万年筆の調整を仕事として続けてきたというのである。
その森山さんにいわゆる森山モデルの話を聞いたのはいつごろのことだったか。 モンブランのペン先のBとBB、これは太字、極大字のペン先の略称なのだが、それを持っている人はわかると思うがBあるいはBBのペン先というのは、ペン先が紙に正しい状態で接していればBなりBBの太さの文字が書ける。 ところが人間には十人十色の書きぐせがあり、すべての人が理想的な状態で万年筆を使用しているわけではない。 力の入れ方も人によって違うし、筆圧も違う。 万年筆の握り方や傾け方もさまざまである。 BやBBを傾けて使用すると紙を引っ掻いてしまったり、インクがちゃんと流れなかったりすることがある。 そういったことに森山さんは古くから気がついていた。 BとかBBというペン先をもっとなめらかなものにすることはできないのかと森山さんは自分の所持する万年筆をモデルにして何度も試行錯誤を重ねてきたというのである。 そしてそれがほぼ十年ぐらいたったころ、ようやくこれならと思えるものができるようになったのだそうである。
森山さんはなにしろ、ペン先を調整するのに目の細かい紙ヤスリが必要になり、市販のもので間に合わないとわかると上質の和紙に金剛砂をしみこませて、たった一枚しかこの世に存在しない極極細の紙ヤスリを自分でこしらえてしまう人である。 万年筆のペン先の状態を向上させる熱意は並みのものではない。
では森山モデルとはどういうものかというと、BなりBBなりの太さを犠牲にしてMにする代わり、どのように傾けようが、力を多少加えようが、BやBBのときには得られなかったなめらかな書き味が保証されるというものなのである。 しかも最初からMのペン先とは違い、インクの流れに余裕があるから文字がゆったりした太さになるという特徴も持っているのである。
私は原稿を万年筆で書くことが多い。 放送原稿は鉛筆やシャープペンシルのこともあるが、活字用の原稿はまず万年筆を用いる。 その際BやBBだと文字が太くなりすぎて、原稿用紙のマス目いっぱいになり、見た感じが、つまり文字と余白とのバランスがぴったりこないのである。 そうするとBとかBBというペン先の出番が減る。 それをなんとかしたいなと思っていたところへ、森山モデルの話である。 私は森山さんに146のペン先を森山モデルにしてくれるよう依頼した。 もちろん私の書きぐせを考慮のうえ調整してくれるようにとお願いしたのはいつものとおりである。
モンブランのマイスターシュテュックは熟練した職人が手作りで万年筆を作っている。 ペン先も同じだ。 もちろん道具は使う。 ただ手作りのためペン先の太さFとかMとかBというのは職人が自分の目で確認して選択するのだという。 またペン先は同じように製造されても一本一本すべて書き味が違う。 だからBなりBBというペン先も、場合によってはBでもMに近いものもあればBBに近いものもある。 万年筆というか、モンブラン万年筆はそういった万年筆だということは頭のどこかにいれておいていただきたい。
一ヵ月ほどして生まれかわったペン先を確認するため私は浜松町に行き森山さんから、BとBBがMに変化したモンブラン146を受け取った。 ルーペでペン先を覗いてみると、BやBBのときにとがっていたペン先の形が丸くなっている。 太さも前よりは細くなっている。 私は二本のモンブラン146を交互に手にし、極端に右に傾け、左に傾け自分の名前を書き続けた。 二本ともインクの流れが途切れることはない。 ペンを左右どちらにどんなに傾けても、ペン先が紙を引っ掻くこともない。 そして両者ともにたしかにMの太さなのだが、BBだったペン先のほうがBだったものより心持ち太い文字が書けるようになっている。 私はこうなってほしいなと考えていたことが、森山さんという名手のおかげで現実のものとなり、まだこの世に何百本もあるわけではない森山モデルの初期の二本を自分のものにすることができたのである。
ペン先の調整・検査に関しての森山さんの技術はモンブラン本社でも認めている。 ドイツ・ハンブルクにあるモンブラン本社の役員が来日して森山さんの調整したペン先のなめらかさに驚き、モンブランの工場でその技術を教えてくれるようにという要請があったというのである。
もともと、森山さんがペン先調整の技術を習得したハンブルクのモンブラン万年筆の本社から、そういう話がくるくらい、森山さんの腕は、それこそ国際的に認められているのである。 森山さんが、ドイツのモンブランの工場でドイツの人々に万年筆調整の技術を教える話は、先方の希望が二年か三年という長期にわたるものなので実現しなかった。 そのあいだの日本での検品や調整をする人がいなくなってしまうからという理由からであった。
ところで、モンブラン万年筆の日本総発売元は一九九三年三月、ダイヤ産業からダンヒルグループジャパン株式会社に移った。 森山さんも、ダイヤ産業からダンヒルグループジャパンに移り、以前と同じようにモンブラン万年筆のペン先の調整、万年筆全般の検品を担当していた。
その森山さんが、独立し東京・大井町に万年筆店を開くというのである。 モンブラン万年筆の調整はどうなるのか、私は他人ごとながら心配になった。 話を聞いてみると、森山さんは独立しても相変わらず、モンブラン万年筆のペン先の調整・修理は続けるというのである。 もちろんダンヒルグループジャパンには森山さんと一緒にペン先の調整を担当する人たちは残っている。 私は日本の万年筆愛好家のためによかったとひと安心した。
さらにいえば、森山さんはこれからはモンブランだけでなく、ペリカンだろうがパーカーだろうがシェーファーだろうが、あるいは日本のメーカーの製品だろうが、万年筆の書き味にこだわる人々の相談に応じてくれるようになったということでもある。 そのための独立だというのだ。 万年筆好きの一人として、私は本当によかったと思った。
このところ私は原稿を書くときは、モンブラン146の森山モデルばかりを使用している。 なめらかな書き味で、スラスラヌルヌルと文字を書くことが楽しいのである。 それこそ私は理想に近い万年筆で、思う存分、文字を書く自由を得ているということになる。
私はキャップ・軸ともに千分の九百二十五という純度のスターリングシルバー製、ペン先は一八金の太さBという傑作万年筆モンブラン1266を持っている。 この絶版万年筆は今から八年か九年前、ようやく香港で探しあてたホンモノである。 私はこの1266を森山モデルに変更してもらいたいと思い、今その時期をうかがっているところなのである。
追記
日本におけるモンブラン万年筆の消費者サービスの充実に関しては、元ダイヤ産業専務で現ダンヒルグループジャパン・モンブラン事業本部長、島久雄氏の功労をはずすわけにはいかないだろう。 モンブラン製品のアフターサービスの基礎は島氏が築いたものだ。 私はその恩恵を十分に受けた。 また私は島氏から万年筆業界の動向についておりにふれ教示を受けている。 ありがたいことだと思っている。
鳥海 忠氏著 『ホンモノ探し』

【 出版社 】 株式会社 光文社 (光文社文庫)
【 発 行 】 1995年8月20日
【 まえがき 】
……
とにかく、好奇心のおもむくところ、私はホンモノを探して試行錯誤をくり返してきた。そして結局私たちが満足するのは、ホンモノによってでしかないと思い至ったのである。ホンモノといっても、人によってそれぞれであるのは当然である。ここに記したのは、あくまでも私にとってのホンモノとホンモノ探しの経過であり、このうちのいくつかは参考に供することができるだろうと思っている。
私としては多くのホンモノに接することにより、ある程度は生活が豊かになったような気がしている。私はこれからも、できるかぎりホンモノ探しを続けるつもりでいる。
【 目 次 】
シングルモルトの最高峰ラガブリン16年/モンブラン146森山モデル/英王室御用達ブリッグ・アンブレラ/ダッフルコートのオリジナルカラーはネイビーかベージュか/ベルリンにおけるビールの注ぎ方/並木籔蕎麦のつゆの作り方/製造番号一番の双眼鏡/ナンバーワン・サック・スーツ/ドミニク・フランス本店のネクタイ/背中のポケット/リーガルシューズとくろすとしゆき/L・L・ビーン・メールオーダー/ペッカリの手袋/バーバリーとアクアシュキュータム/円盤型の中国茶・雲南七子餅茶/鉄道時計/一年の誤差10秒以内/アメリカの懐中電灯/スイス兵士が持っているアーミーナイフ/ダンヒル・アーミーマウントパイプ/照度計とZライト/築地で探した牛刀と文化包丁/アルカリイオン水の味/正統派ジン・ライム・ソーダ/サッポロ一番とハイミーの関係/日本酒を優雅に味わう漆塗りの片口/一分間に三千回震動する電動歯刷子/尾張屋清七版江戸切絵図/一万分の一地図で地元を見直す/広重画 名所江戸百景/うそ替え神事/薬のういろう/ほのおうちわとからすうちわ/なるしまフレンド・ロードレーサー/一眼レフカメラ/早指し二段 森田将棋/ウォールストリートブリーフケース/ウォールストリートブリーフケース/ 0.9ミリシャープペンシル――モンブラン167