フルハルター*心温まるモノ

第三十四話 モンブラン社のこと 

1977年4月11日、モンブラン日本総代理店、ダイヤ産業(株) 修理部門に入社したことは先週述べた。
約2年後の79年1月からダイヤ産業修理部門で金無垢のペン先がついている製品全ての検品が始まった。
私が検品(品質管理)と修理の兼務を命じられ、6人のパートの方々に基準を教えることになった。
皆さんが検品した製品達を会議室に置いて帰った後、それら全てを私の手で確認し、翌日それぞれの方に合否のすり合わせをしばらく続けた。
後に海外メーカーの日本法人の方から、
「森山さん、メーカーが合否と判断したものを輸入元が更に検品するなどありえませんよ。」と言われた。

よく考えてみれば、日本を代表するメーカーの製品を欧米の輸入元がその基準で合否を判断するなどありえない。
当時のモンブラン社トップとダイヤ産業のトップが如何に信頼関係が深かったのかが判る。
品質管理を担当した結果だと思うが、4月にモンブラン社出張を命じられた。
一般的には社費で海外に行けることは喜ばしいことだと思うが、語学が全く出来ないことと、海外に全く興味がなかった私にとっては迷惑な話だった。

既にこのHPで述べているが、ペン先研磨のマイスターパインさんの下で一日くらいだったと思うが、研ぎの研修を受けた。
通常は分業システムで、粗研ぎから順に最終のフエルトでの研ぎが施される。
その四種の砥石とフエルトローラーの磨きが全てひとつの機械にセットされたものがパインさんの前にあった。
(あっ、これダイヤ産業にあるのと同じだ。)
それらの砥石に、どうあてがうのか、また仕上げの磨きにはどうポイントにあてがうのかを習った。
これが私の今の研ぎ出しの原点である。

その研修出張では優しき先輩から、品質問題についてディスカッションと解決方法を沢山背負わされていた。
研修に行くと思っている私にとっては複雑な思いで、きっと論理的に叩きのめされるだろうとの不安と、「流石モンブラン、歯が立たない」との期待もあった。
始めてのドイツ人とのディスカッション、目と目を見てしっかりと相手の意見を聞き、こちらも言いたいことを全て言うとの思いで臨んだところ、多くの成果を得ることが出来た。
―― 次週へ続けることにします。
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by fullhalter | 2013-04-19 15:29 | 私と万年筆