<10> 開高 健氏 その5
――「昔からのクラフトマン・シップを守っている世界の名品の会社ったら、もうモンブランだけか」
と言ったら、ある男がカラカラと笑い、
「ご冗談でしょ。 あれはこの間、ダンヒルに買収されちゃった。 城を明け渡したんです。 ま、モンブランの技術は、そのまま引き継がれるでしょうけどネ」
と言った。 ここでも、例外ではなかった。
――わたしは非常に寂しかったな。 モンブランはクラフトマン・シップを守ったがために経営上で苦しくなったんだろうが、それが悲しいんだ。 ブルータス、お前もか。 (1989年録)
開高さん、「ブルータス、お前もか」、お気持ち良く判ります。私もクラフトマン・シップが好きで、今でもひとりひとりに合わせた手研ぎで使い手の方にお渡しています。
それはモンブランの責任とは言い難い、時代の流れで致し方のないことなのだろうと思う。
1979年始めてのモンブラン社出張の時の営業の社長チャンボアさんも、技術の社長ドクター・ロイスラーも、創始者の二代目でモンブランをこよなく愛しておられた方達だった。しかしモンブランに限らず、クラフトマン・シップを守り続け、会社とその製品に愛情と誇りを持って続いている会社が、現在いか程に存在しているのだろうか。
日本の筆記具メーカーも本業と思える筆記具の売上は1桁のパーセントだと聞いたことがある。モンブランの肩を持つ訳ではないが、モンブランは男性ブランドの道を選んだだけのこと。
開高氏がご存命なら「ブルータス、お前もか」よりももっと悲しんだことだろうが、時の流れは止められない。