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フルハルター*心温まるモノ

<5> 森 瑤子氏

――紛失思えば、夜も眠れず。
  「以前使い込んだ万年筆をなくしたとき、小説が書けなくなったのね。手に馴染んだものでないと書く気分になれないというか。そういう風になるの怖いから、その後はしばらく、替えのきくサインペンなど使っていたけど」
  でもやっぱり、どーしても欲しいモンブラン。わざわざ店へまで足を向けるほどじゃないけれど。でもエアポートで、ピカッと輝いて微笑みかけられちゃあ、買うしかない。
  「使い始めるとね、そりゃあもうホントにいいの。太いので使いやすい。特に私は筆圧が強く、原稿の枚数が多くなるとぶっつけるように書くので、この太さ(No.149)が都合いいみたい。悩みのペンダコも、いつの間にか消えたのよ」
  「やっぱりいいものはいいと、使ってみてつくづく思った。初めは手に慣れてないせいかインク漏れして、そのことを日経新聞に書いたのね。そうしたらすぐにモンブランの会社の人が修理に来てくれて」
  以来、快調絶好調。
  「でもね、あんまり自分の手にしっくりなっちゃうと、次に、なくしたらどうしようという不安が出てくるわよ。そう簡単には代りは見つからないから。常に2本持って交互に使って、まさかに備えようかなんて考えたりね。実際そうしている作家のヒト、多いわよ」
  との森さんの言葉に、なったらなったで悩みはつきぬと悟った次第である。


  余談だが、このインタビュー記事の載った1年か2年か後に、森事務所の女性秘書の方から、当時モンブランに勤務していた私に電話があり、受話器の向こうで「森が叫んでいるのよ。万年筆がなくて原稿が書けないって。申し訳ないけど同じ物をすぐに届けてもらえないかしら」森さんの筆記角度に合わせて調整しすぐに届けたことがあった。ただ、このインタビューの万年筆はなくなったということではなく、まったく別の遠方に置いてあったとのことだった。


  ご存じのことと思うが、森さんは1993年7月永遠の眠りにつかれた。 あまりにも早すぎる別れを悼みつつ、心からご冥福をお祈り申し上げます。 
  森さんの万年筆が、もう戻ることのない主を待って引き出しに眠る姿を思うと、胸が痛む。 
  いや、ちがう、森さんのことだ、きっと天国でも愛用の万年筆たちを握りしめて、書き続けておられるに違いない。  
by fullhalter | 2001-12-01 10:39 | 作家と万年筆