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フルハルター*心温まるモノ

0.9ミリシャープペンシル―モンブラン167

  私がここ十五年常用していたシャープペンシルはモンブラン75という型のものだ。芯の太さは0.9ミリである。モンブラン75というシャープペンシルはモンブラン72という万年筆とセットになっているもので、デザインは統一されている。モンブラン72という万年筆は十八金張りキャップ、十八金ペン先、ボディはプラスチック、ボディの色はブラック、グレー、ボルドー、グリーンと四色揃っていた。私はボディの色はグリーンのモンブラン72を持っていたので、シャープペンシルもボディの色はグリーンのものを選んだ。
 
 モンブラン75シャープペンシルは、芯の繰り出しはノック式で、芯タンクには0.9ミリ芯が二十本ぐらいは入る。シャープペンシルで文字を書いていて芯が短くなり、それを使いきったときは、万年筆ならばキャップのてっぺんにあたるところにあるノックと呼ばれる部分を親指で何回かというより三回か三回押すと、芯が文字を書ける状態にまで押し出されてくる。万年筆のキャップに相当すれ部分は金張りになっている。モンブランのシャープペンシルは75の型までは芯の太さが0.9ミリだったが、その後は0.7ミリの0.5ミリの芯に移行してしまった。
 
 小学生、中学生、高校生、大学生が使用するシャープペンシルの芯の太さは0.5ミリが圧倒的だ。これは樹脂芯の開発により、0.5ミリという太さでも、文字を書いていても芯が折れにくくなり、それとともにシャープペンシルの価格が一本百円などという低さに設定されたため、彼らの日常用筆記具となったと言われている。
 
 私も0.7ミリとか0.5ミリという太さの芯のシャープペンシルを使ってみたことはある。あれは私には向かない。字が細すぎるのだ。私は万年筆のペン先もMより太いものしか使用しない。最も多いのはB、太字である。BB、極太というのも持っている。もっとも万年筆のほうのペン先は、BやBBのものは、全部森山モデルにしてあるので、実際の太さはBはMに、BBはBに近くなっている。しかし、万年筆の場合、私は手帳用以外にはF、細字といったペンは使用しない。文字の線にある程度の太さのあるほうが、好みだからである。
 
 したがってシャープペンシルで文字を書く場合も、文字や数字の線が細いのはどうもしっくりしないのだ。それで0.5ミリや0.7ミリの芯は敬遠し、ずっと0.9ミリ芯のシャープペンシル・モンブラン75を愛用してきたわけである。また私は芯の濃さもBか2Bでないと駄目なのだ。芯が軟らかくて、色の濃いものでないと、たよりない気がするからだ。それは私の筆圧とおおいに関係がある。私は筆圧が極端に低い。万年筆で文字を書く場合、ペン先に力を入れることはない。ペン先は軽く紙に触れるだけ。それでいてかなりの速さで文字を書く。だから私の持っている万年筆は全部、インクの流れのすこぶるよいものばかりになっている。全部、私の書きぐせに合わせて大井町の万年筆店「フルハルター」主人の森山信彦氏に調整してもらったものばかりである。
 
 ほとんど力を入れずに軽く万年筆を握って文字を書くのが私のやり方だから、それはシャープペンシルにしても同じになる。だから私にとってはHBでも芯が硬い気がするのだ。それでシャープペンシルの場合は、0.9ミリの2Bが常用の芯ということになったわけなのである。
 
 私は万年筆の場合だと結局モンブラン146の軸の太さが、私の手の大きさにぴったりだということに気がついた。二十年以上にわたるモンブラン万年筆遍歴のすえにである。この太さが私には最も相性がいい。モンブラン146で文字を書いているかぎり、三時間でも四時間でも五時間でも六時間でも疲れない。五時間も六時間もということは、まずないことではあるけれども……。
 
 そういう私に言わせると、モンブラン75シャープペンシルの軸はやや細すぎると思うのだ。たまに字を書くのならモンブラン75でいっこうにかまわない。ところが私の場合、雑誌の原稿やテレビのナレーション原稿を書くのが仕事になっている。日常的にモンブラン75を使用するわけだ。そして実際ここ十五年ばかり、ずっとモンブラン75を使用してきた。私はせめてモンブラン146とセットになっているシャープペンシル・モンブラン165の太さならなあと何度思ったかしれない。残念ながらモンブラン165というシャープペンシルは芯の太さが0.5ミリか0.7ミリのものしか適用できないのである。
 
 万年筆やボールペンやシャープペンシルや水性ボールペンといった筆記具の軸の太さを考えてみると、軸が細い場合、どうしても力が入ってしまう。軸が太ければ、同じ力を加えたとしても、それが分散されるため、そう力が入ったという感じがしないのかもしれないとは思うのだが……。
 
 とにかく私は、万年筆ならモンブラン146の太さが気に入っているので、シャープペンシルにもモンブラン146と同じ軸の太さで、芯の太さは0.9ミリのものができれば理想的なんだがなあと思いつづけてきた。
 
 その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。一九九五年一月から販売されるようになった、マイスターシュテュック・グランド・コレクションのなかのシャープペンシル・モンブラン167がそれだ。このシリーズには161というボールペン、166というマーカーも揃っている。軸の色はブラックとボルドーの二色だ。
 
 モンブラン167シャープペンシルは、とにかくモンブラン146万年筆をシャープペンシルにしたものだと考えてもらうとわかりやすい。一番の特徴は軸の太さだ。モンブラン146の軸の太さは、手元のノギスで計測すると1.3センチである。モンブラン167シャープペンシルの軸の太さも1.3センチである。これは当然と言えば当然なのだがこの太さが私にとってはありがたいのだ。
 
 ちなみに私の愛用してきたモンブラン75シャープペンシルの軸の太さはというと、0.95センチである。その差は直径で3.5ミリにすぎない。たった3.5ミリだと思うかもしれないが、直径0.95センチの円周は約3センチであり、直径1.3センチの円周は約4センチで、その差は1センチある。つまり、モンブラン167はモンブラン75に比較して、軸のまわりが1センチ長いということになるのだ。これは軸を握ったときの感じがまったく違う。
 
 これまでモンブラン75を握ったときに、つい力が入ってしまうということがよくあったのだが、モンブラン167の場合はそういうことはなくなった。なにしろモンブラン146の万年筆と同じ太さなのだから。
 
 そして芯の太さは0.9ミリだ。これはモンブラン75シャープペンシルと同じだからなんの問題もない。問題は芯の濃さだ。モンブランの0.9ミリの替え芯はHBしかないのだ。私はこれはしかたがないので、ステッドラーの0.9ミリ2Bという芯に詰め替えて使用することにした。これまでもモンブラン75に詰めていたのと同じものである。
 
 モンブラン167シャープペンシルの芯繰出し機構はノック式ではない。キャップ回転式である。シャープペンシルのキャップ相当部分を右にひねれば芯が繰り出され、左に回すと芯が引っこむ方式である。そして芯を使いきった場合、自動的に芯タンクから芯が出てくるわけではない。その場合はキャップをはずし、芯タンクをふさぐ消しゴムをはずして芯タンクから芯を一本引き出す。そしてその芯をシャープペンシルの先端から押し込むのである。昔の、それも三十年以上前のシャープペンシルの芯の詰め方が復活したのである。戦国時代の火縄銃と同じような、先込め方式と言ってもいいだろうと私は思う。
 
 モンブラン146万年筆は、今から七十年も前に今のものとほとんど同じデザインで発売された。インクの吸入方式は当時と同じ回転式だ。完成された形で登場した万年筆と言えるだろう。なにしろ七十年間モデルチェンジがなかったのだから。それだけではない。ここへきて、軸やキャップにプラチナを用いたり、金とプラチナ、純銀を用いたりしたものが次から次へと登場するようになってきた。
 
 そのことと軌を一にするかのように、モンブラン146万年筆のシャープペンシル版と言うのか、モンブラン167シャープペンシルが、ついに現実のものとして私たちが毎日使用できるようになったのである。七十年もかかってと言うべきなのか、七十年たったからこそと言うべきなのか、とにかく私はモンブラン167シャープペンシルを手にすることができて幸せだと思うものである。
 
 モンブラン167シャープペンシルの使い心地はどうかというと、現在のところ私にとっては理想のシャープペンシルで文句をつけるところはどこにもない。手に持ったときのバランスもいい。芯はステッドラーの0.9ミリ2Bの濃さで紙の上を滑らかに文字を定着させていく。書き損じをしても、芯の濃さが2Bなので、消しゴムで難なく字を消すことができる。なにより手に力を入れる必要がないから疲れない。それは万年筆のときよりは若干よけい力が入っているようには思うが、軸が太いぶんだけ、加える力が少なくていいようだ。これまで愛用していたモンブラン75シャープペンシルに望んでいたことが、モンブラン167には全部備わっているという思いがする。
 
 つまり完璧だと私が思う商品に接したときに、いつも思うことなのだが、その商品に関して私はもう思いわずらうことから解放されて自由になったということなのである。私はシャープペンシルについては、どこかに私の気に入る製品はないかなと思うことはなくなったのである。これから私はシャープペンシルに関するかぎり、モンブラン167だけを常用にするつもりでいる。それが可能になったことがたいへんうれしいと思うのである。

鳥海 忠氏著 『ホンモノ探し』
by fullhalter | 2001-03-10 18:34 | 万年筆について書かれた本