<2> 半村 良氏
――私が万年筆を選ぶときは、「裁」という字を書いて選んでくるんです。この字だと、日本語に必要なほとんどの角度が出てくる。つまり、英語用の円運動の万年筆の場合、インクが出てこない角度がある。それで、おろしたときでも、筆記用具の調子を見るときは「裁」という字を書いてみるんです。
「永」という字が、日本語の筆順全部だと、永字八法なんて言いますけれど、私は「裁」の方がいろいろな角度があっていいと思います。 (1985年録)
万年筆好きの方には、試し書きする時の文字は“永”ということが、かなり浸透しているようだ。現に私の店でも、万年筆好きの方々が書き味のチェックをする時に、“永”の字で確認する方が少なくない。パイロットの総合カタログにも“永”の字が書かれている。
半村さんも長い万年筆使いの経験から“永”よりも“裁”の字の方が全ての方向を試すのにふさわしいとの結論を出されたのだと思う。
私自身、モンブラン在職中の内の約15年間は、何十万、何百万の入荷製品のライティングテストをしてきた。その方法は、ドイツモンブラン社も同じで、たて線・よこ線を書きそして8の字の連続筆記で合否を決定した。しかし8の字の連続筆記はその運筆が難しいので、慣れるまでには少々時間を要する。8の字の連続筆記が自然に出来るまでは、そのペン先の書き味がどうなのか正確にはつかめなかった。
つまりその万年筆の本当の書き味を確認するには、書き慣れた文字を書いてみないとわからないということである。“永”や“裁”は書き味の確認にはよい文字であるが、この文字で確認したい人は日頃から練習して書き慣れておくことだと思う。
一般的には自分の住所・氏名を何度も書いてみることが最良の方法ではないだろうか。
余談だが、以前人に聞いた話だと、半村さんは原稿書きには同じメーカーの同じモデルを使って居られるとのこと。従って同じモデルを何本もお求めになられ、買った時のキャップとボディが同じでなければいやだということでそれぞれに記号をつけており、その記号がA~Zまで行って、二巡目にまわってしまったとのこと。
by fullhalter
| 2001-01-01 18:57
| 作家と万年筆