観海べっ甲店
長崎のオランダ坂付近に鼈甲店が並んでいる。
ホテル近くのその辺りを歩く度、気になっていた。
天然素材が好きな私には、鼈甲はとても魅力なのだ。
何軒かの店の前を何度も通りながら
私には本能的にこの店、と思う店があった。
その店が「観海べっ甲店」だった。
いつしか最終日には絶対に店に寄ると心に決めていた。
その時がやってきた。中に入り、
「見せていただいてよろしいでしょうか。」と言うと
店主の観海安幸さんが、ドアの所に歩いて来られ、
「どうぞ」と迎えてくれた。
その瞬間、職人の匂いを醸し出している方と思った。
私は、(十二支だとかの)土産物屋に並ぶものには興味がない。
だから率直に
「当たり前の形ではなく、素材からこの柄がいいというものや、
小さいもので個性豊かなものってないでしょうか?」
と尋ねてしまった。
すると、「デッサンしてくれれば造りますよ。」という返事が返ってきた。
ショーケースに並ぶ小さな品、昔ながらの櫛、
味わいのあるブローチなどを次々と見ながら
同じ鼈甲でも色合い、濃淡が様々であり、
同じような形であってもそれぞれが全く違った持ち味になっているな、と感じていた。
私が気に入ったペンダントを指して女房に聞くと
女房は「ウーン…。」と少しの間考え、
自分はこの中でこれが一番好きだと言って別のものを示した。
それはどちらかと言うと琥珀に近い色合いのものだった。




こちらは私が選んだもの
表

裏



2つを手に取ったまま、勧められるまま腰をかけた。
テーブルに選んだものを置いて
途中から店に来られた奥様もまじえてお話しさせていただいた。
物造りの喜び、苦労等々話しているうちに、
観海さんは本物しか使われないことが判ると同時に、「職人」と思った。
何件かの店を通り過ぎた後、この店に入った私のカンに間違いはなかった。
満足だった。
テーブルを挟んでいろいろと話している間に、私の目を引き付けるものがあった。
それは、何とも言えず味わい深い、優しげな小さなもの。
「これ、何ですか?さっきから気になり好きなんですけど。」
「これは樹脂ですが、ずっとここに居たヤツです。」
「樹脂?まるで象牙のようですね 飴色になっていますね。」
長い時を経過しなければならない「熟成」である。
「譲っていただけないでしょうか…。」
ご主人はいとも簡単に
「あ~、あげますよ。」とおっしゃる。
「そうはいきません!長い時間をかけないとこういうものは出来ない。」
「うちは本物の鼈甲しか使わないんで。」
結局、いただいてしまった。



奥様と話している時にご主人が仕事を始めた。
何かを造っているようだった。
仕事の邪魔をしては申し訳ない、
そろそろ失礼しなければと思っていたところに、
「これ希少の水もくでハートを造りました。水もくのハート初めてなのですが差し上げますので使ってください。」
とご主人。
鼈甲は、背甲、爪(縁甲)、腹甲があるが、
希少ものとして背甲の一部に、「水もく」という白い縞部がある。
この「水もく」は、自然の模様なのだが、
描いたたもののように思う人が殆どだと言う。
私も初めはそうなのかとも思った。
しかし、よくよく見ると、描いたものではない、素材そのものの質感、線質、
そして、ただの黒と白と表現出来ない天燃の色調。
モノにあまり興味を示さない人間が惹かれているのがよく判った。
ご主人はそのハート型の作品に携帯のストラップ用の金具を付けてくださった。
珍しく水もくに惚れ込んだ様子の女房が、ネックレスにつけたいと言い出し、
ネックレス用の鎖を通すリングをお願いすると、鼈甲のリングを付けてくださった。
鼈甲のリングをつけると全体の印象がグッと変わった。





私も職人と判ったご主人は材料を下さった。
いつ形になるか判らないが、そのいただいた材料です。


その後、他を巡っている時、
鼈甲で何か文具関係のものは出来ないかと思い出し、
その思いが時間とともに強くなったいった。
ご迷惑を顧みず、数時間後に再び「観海べっ甲店」を訪ねてしまった。
先ほどのお礼を述べた後
「何か文具関係のものを造られたことはありますか?」と切り出した。
以前に造ったペーパーナイフ出してくれたが、今の時代は難しいとのこと。
その変わり、和菓子の時に用いる黒文字を見せてくださった。
* 黒文字とはクスノキ科の落葉低木の名前で、その木で造られた楊枝のことも黒文字と呼ばれている。
漆でも造られているが、鼈甲の黒文字はそれより少し小さい。
それでもペーパーナイフとして使えるのではと思い、求めた。
帰ったら丁度、萬年筆くらぶの「fuente」が届いていた。
「fuente」は袋とじになっているので、鼈甲の黒文字を早速使ってみた。
思った通り充分使える。
皮革製品でも何でも造り手としては当然「これ用」としてものを造り、売っている。
その一方で使い手が違う目的で使うことは、粋で楽しいことだ。
この黒文字もペーパーナイフとして充分使える。
黒文字





先が尖っていて薄くしてあることがお判りになるだろうか。

マツヤ万年筆病院に続き、濃密な時間を過ごすことが出来た。
職人とはいいものだと改めて思うことが出来た、いい旅行だった。
旅に出てもどこにいても、同じだ。
ホテル近くのその辺りを歩く度、気になっていた。
天然素材が好きな私には、鼈甲はとても魅力なのだ。
何軒かの店の前を何度も通りながら
私には本能的にこの店、と思う店があった。
その店が「観海べっ甲店」だった。
いつしか最終日には絶対に店に寄ると心に決めていた。
その時がやってきた。中に入り、
「見せていただいてよろしいでしょうか。」と言うと
店主の観海安幸さんが、ドアの所に歩いて来られ、
「どうぞ」と迎えてくれた。
その瞬間、職人の匂いを醸し出している方と思った。
私は、(十二支だとかの)土産物屋に並ぶものには興味がない。
だから率直に
「当たり前の形ではなく、素材からこの柄がいいというものや、
小さいもので個性豊かなものってないでしょうか?」
と尋ねてしまった。
すると、「デッサンしてくれれば造りますよ。」という返事が返ってきた。
ショーケースに並ぶ小さな品、昔ながらの櫛、
味わいのあるブローチなどを次々と見ながら
同じ鼈甲でも色合い、濃淡が様々であり、
同じような形であってもそれぞれが全く違った持ち味になっているな、と感じていた。
私が気に入ったペンダントを指して女房に聞くと
女房は「ウーン…。」と少しの間考え、
自分はこの中でこれが一番好きだと言って別のものを示した。
それはどちらかと言うと琥珀に近い色合いのものだった。




こちらは私が選んだもの
表

裏



2つを手に取ったまま、勧められるまま腰をかけた。
テーブルに選んだものを置いて
途中から店に来られた奥様もまじえてお話しさせていただいた。
物造りの喜び、苦労等々話しているうちに、
観海さんは本物しか使われないことが判ると同時に、「職人」と思った。
何件かの店を通り過ぎた後、この店に入った私のカンに間違いはなかった。
満足だった。
テーブルを挟んでいろいろと話している間に、私の目を引き付けるものがあった。
それは、何とも言えず味わい深い、優しげな小さなもの。
「これ、何ですか?さっきから気になり好きなんですけど。」
「これは樹脂ですが、ずっとここに居たヤツです。」
「樹脂?まるで象牙のようですね 飴色になっていますね。」
長い時を経過しなければならない「熟成」である。
「譲っていただけないでしょうか…。」
ご主人はいとも簡単に
「あ~、あげますよ。」とおっしゃる。
「そうはいきません!長い時間をかけないとこういうものは出来ない。」
「うちは本物の鼈甲しか使わないんで。」
結局、いただいてしまった。



奥様と話している時にご主人が仕事を始めた。
何かを造っているようだった。
仕事の邪魔をしては申し訳ない、
そろそろ失礼しなければと思っていたところに、
「これ希少の水もくでハートを造りました。水もくのハート初めてなのですが差し上げますので使ってください。」
とご主人。
鼈甲は、背甲、爪(縁甲)、腹甲があるが、
希少ものとして背甲の一部に、「水もく」という白い縞部がある。
この「水もく」は、自然の模様なのだが、
描いたたもののように思う人が殆どだと言う。
私も初めはそうなのかとも思った。
しかし、よくよく見ると、描いたものではない、素材そのものの質感、線質、
そして、ただの黒と白と表現出来ない天燃の色調。
モノにあまり興味を示さない人間が惹かれているのがよく判った。
ご主人はそのハート型の作品に携帯のストラップ用の金具を付けてくださった。
珍しく水もくに惚れ込んだ様子の女房が、ネックレスにつけたいと言い出し、
ネックレス用の鎖を通すリングをお願いすると、鼈甲のリングを付けてくださった。
鼈甲のリングをつけると全体の印象がグッと変わった。





私も職人と判ったご主人は材料を下さった。
いつ形になるか判らないが、そのいただいた材料です。


その後、他を巡っている時、
鼈甲で何か文具関係のものは出来ないかと思い出し、
その思いが時間とともに強くなったいった。
ご迷惑を顧みず、数時間後に再び「観海べっ甲店」を訪ねてしまった。
先ほどのお礼を述べた後
「何か文具関係のものを造られたことはありますか?」と切り出した。
以前に造ったペーパーナイフ出してくれたが、今の時代は難しいとのこと。
その変わり、和菓子の時に用いる黒文字を見せてくださった。
* 黒文字とはクスノキ科の落葉低木の名前で、その木で造られた楊枝のことも黒文字と呼ばれている。
漆でも造られているが、鼈甲の黒文字はそれより少し小さい。
それでもペーパーナイフとして使えるのではと思い、求めた。
帰ったら丁度、萬年筆くらぶの「fuente」が届いていた。
「fuente」は袋とじになっているので、鼈甲の黒文字を早速使ってみた。
思った通り充分使える。
皮革製品でも何でも造り手としては当然「これ用」としてものを造り、売っている。
その一方で使い手が違う目的で使うことは、粋で楽しいことだ。
この黒文字もペーパーナイフとして充分使える。
黒文字





先が尖っていて薄くしてあることがお判りになるだろうか。

マツヤ万年筆病院に続き、濃密な時間を過ごすことが出来た。
職人とはいいものだと改めて思うことが出来た、いい旅行だった。
旅に出てもどこにいても、同じだ。
by fullhalter
| 2011-09-27 12:08
| 職人の仕事