フルハルター*心温まるモノ

第十二話 感謝をこめて…… 

  今日4月11日は私にとってとても重大な日。1977年の今日万年筆の世界(禁断の世界)に足を踏み込んでから、4半世紀の記念日である。このことは、<私と万年筆>の第2話「モンブランへの入社」ですでに述べているが、25年目の記念日に改めて申し上げたいと思う。

  1976年3月 当時勤めていたカメラメーカーを退職した。当時も今と変わらず職人仕事を好んでいた私は、革職人を目指し、その道のアルバイトをしてみたり、好きだった漆方面の面接を受けてみたりもしたが、いずれも成果が出ることは無かった。この30歳から31歳までの1年間、「仕事がしたい」という強い気持ち、30歳を過ぎて職が無い、今で言う「プータロー」のような暮らしにあせりを感じていた自分を振り返ると、よく1年間も耐えたものだと思う。しかしその1年間があったからこそ、私が最も愛する万年筆の世界に出会い、そして今、その世界で生きていくことが出来ているのだと思う。その喜びと感謝の気持ちが25年という歳月を過ぎた今日、私の胸を一杯にしている。

  25年前の今日、千葉県我孫子市の自宅を出て、当時のモンブラン日本総代理店ダイヤ産業がある浜松町世界貿易センター23Fに、やっと仕事が出来る喜びと少々の不安を持ちながら向かった朝を、昨日のことのように思い出す。

  ダイヤ産業から始まった万年筆稼業、サラリーマンで定年を静かに迎えればよいものを何を血迷ったか無謀にも1993年に万年筆専門店を開業してしまった。

  開業に当たり私は2つの柱を立てた。そのひとつは使う方に合わせて書き易くニブポイントを研ぎ出すオーダーメードの研磨をすること。もうひとつは「万年筆好きの方のためのサロン」として皆様に楽しんでいただける雰囲気のある専門店でありたいということ。いつからこんなに時の流れが早く、人が人らしく生きられなくなったのだろうかと感じていた私は、せめてフルハルターの店の中ではゆったりとした時間が流れて欲しいと願っていた。

  研磨の方は職人仕事ゆえ、今後も自らに磨きをかけ続けるしかない。けれど、「万年筆好きの方のためのサロン」と来店されるお客様に感じていただけているかどうか、気になるところだった。

  先日ご夫婦で来店された方が店の壁に掛けてある万年筆の絵を見て、「素敵な絵ですね」とおっしゃった。それらの絵は“4本のヘミングウェイ”の著者古山浩一氏の原画である。それらの絵やポスターが時の流れをゆったりと感じさせてくれているようで、「この扉のすぐ外は忙しい世界なのに、この中は全く別の世界のようだね 」と言われた。そして万年筆の話をして店を出る時、「そろそろ下界に戻るか」とおっしゃった。

  万年筆はゆったりとした時間の流れに合う道具で、それを扱う店もそうでありたいと願って開店したフルハルターである。この時、ようやくお客様にゆったりとした時間の流れる空間を感じていただけたと思い、嬉しかった。

  ご自身で「フルハルター北海道支部長兼極東支部長」と名乗っておられる方から最近こんなメールをいただいた。<世の中でもファーストフードからスローフードへという動きがみられます。能率重視、ファーストビジネスがよしとされる風潮のなか、フルハルターは、スロービジネス(こんな言葉でいいのでしょうか?)を邁進して頂きたいと思います。>

  おひとりおひとりに合わせて研ぎ出しをして販売するフルハルターは、絶対にファーストビジネスにはなれない。これからもスロービジネス、そして店の中ではゆっくりと穏やかな時間が流れるようでありたい。


  初心に返り、「さあ今日もフルハルターに出勤しよう」。
                                   2002年4月11日
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# by fullhalter | 2001-03-29 11:18 | 私と万年筆

ペリカン社限定品神話シリーズ「玄武」

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  古代中国の神話によると、天上には四方位に守り神があり、全ての生き物はその性質や特徴によってそれぞれの守り神に属していると言われています。四方位の守り神は「四神」と呼ばれ、東に青龍、西に白虎、南に朱雀、そして北に玄武と定められています。

  今回ペリカン社から、この四神の中でも北方の守護神である<玄武>をモチーフにした限定品をお届けします。玄武は亀に蛇が巻き付いた形をしており、勇猛で武術に優れ、天と地の間を往来し、万霊にあがめられ、妖を斬り、魔を除き、善人に健康と平和で清らかな家庭をもたらすと言われています。

  ペリカン社の熟練したマイスターの手により、925スターリングシルバーの軸の上に一本一本手作業により彫りこまれ、稀にみる芸術性と古代中国神話の融合という他に類を見ない芸術作品に仕上げられております。是非お手にとって見られて下さい。

  四神シリーズでは、既に三本が、ペリカン社から発売されています。下の写真は左から順に<青龍>(1995年)・<朱雀>(1996年)・<白虎>(2000年)。いずれも各888本限定製造されました。

  これら四つの守護神をうまく配置することにより、天地陰陽が調和され、福、富、健康がもたらされると信じられてきました。これらの考えは、現在でも風水学の基礎とされていますが、古くは軍隊戦術などにも取り入れられています。

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発売日:   2001年5月
インク機構: ピストン吸入式
製造数量:  888本(限定品の証として一本一本のクリップ上部に
             製造番号が刻印されています。)
付属品:   オリジナルボックス・限定ナンバー入り保証書
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# by fullhalter | 2001-03-24 09:48 | 限定品万年筆

0.9ミリシャープペンシル―モンブラン167

  私がここ十五年常用していたシャープペンシルはモンブラン75という型のものだ。芯の太さは0.9ミリである。モンブラン75というシャープペンシルはモンブラン72という万年筆とセットになっているもので、デザインは統一されている。モンブラン72という万年筆は十八金張りキャップ、十八金ペン先、ボディはプラスチック、ボディの色はブラック、グレー、ボルドー、グリーンと四色揃っていた。私はボディの色はグリーンのモンブラン72を持っていたので、シャープペンシルもボディの色はグリーンのものを選んだ。
 
 モンブラン75シャープペンシルは、芯の繰り出しはノック式で、芯タンクには0.9ミリ芯が二十本ぐらいは入る。シャープペンシルで文字を書いていて芯が短くなり、それを使いきったときは、万年筆ならばキャップのてっぺんにあたるところにあるノックと呼ばれる部分を親指で何回かというより三回か三回押すと、芯が文字を書ける状態にまで押し出されてくる。万年筆のキャップに相当すれ部分は金張りになっている。モンブランのシャープペンシルは75の型までは芯の太さが0.9ミリだったが、その後は0.7ミリの0.5ミリの芯に移行してしまった。
 
 小学生、中学生、高校生、大学生が使用するシャープペンシルの芯の太さは0.5ミリが圧倒的だ。これは樹脂芯の開発により、0.5ミリという太さでも、文字を書いていても芯が折れにくくなり、それとともにシャープペンシルの価格が一本百円などという低さに設定されたため、彼らの日常用筆記具となったと言われている。
 
 私も0.7ミリとか0.5ミリという太さの芯のシャープペンシルを使ってみたことはある。あれは私には向かない。字が細すぎるのだ。私は万年筆のペン先もMより太いものしか使用しない。最も多いのはB、太字である。BB、極太というのも持っている。もっとも万年筆のほうのペン先は、BやBBのものは、全部森山モデルにしてあるので、実際の太さはBはMに、BBはBに近くなっている。しかし、万年筆の場合、私は手帳用以外にはF、細字といったペンは使用しない。文字の線にある程度の太さのあるほうが、好みだからである。
 
 したがってシャープペンシルで文字を書く場合も、文字や数字の線が細いのはどうもしっくりしないのだ。それで0.5ミリや0.7ミリの芯は敬遠し、ずっと0.9ミリ芯のシャープペンシル・モンブラン75を愛用してきたわけである。また私は芯の濃さもBか2Bでないと駄目なのだ。芯が軟らかくて、色の濃いものでないと、たよりない気がするからだ。それは私の筆圧とおおいに関係がある。私は筆圧が極端に低い。万年筆で文字を書く場合、ペン先に力を入れることはない。ペン先は軽く紙に触れるだけ。それでいてかなりの速さで文字を書く。だから私の持っている万年筆は全部、インクの流れのすこぶるよいものばかりになっている。全部、私の書きぐせに合わせて大井町の万年筆店「フルハルター」主人の森山信彦氏に調整してもらったものばかりである。
 
 ほとんど力を入れずに軽く万年筆を握って文字を書くのが私のやり方だから、それはシャープペンシルにしても同じになる。だから私にとってはHBでも芯が硬い気がするのだ。それでシャープペンシルの場合は、0.9ミリの2Bが常用の芯ということになったわけなのである。
 
 私は万年筆の場合だと結局モンブラン146の軸の太さが、私の手の大きさにぴったりだということに気がついた。二十年以上にわたるモンブラン万年筆遍歴のすえにである。この太さが私には最も相性がいい。モンブラン146で文字を書いているかぎり、三時間でも四時間でも五時間でも六時間でも疲れない。五時間も六時間もということは、まずないことではあるけれども……。
 
 そういう私に言わせると、モンブラン75シャープペンシルの軸はやや細すぎると思うのだ。たまに字を書くのならモンブラン75でいっこうにかまわない。ところが私の場合、雑誌の原稿やテレビのナレーション原稿を書くのが仕事になっている。日常的にモンブラン75を使用するわけだ。そして実際ここ十五年ばかり、ずっとモンブラン75を使用してきた。私はせめてモンブラン146とセットになっているシャープペンシル・モンブラン165の太さならなあと何度思ったかしれない。残念ながらモンブラン165というシャープペンシルは芯の太さが0.5ミリか0.7ミリのものしか適用できないのである。
 
 万年筆やボールペンやシャープペンシルや水性ボールペンといった筆記具の軸の太さを考えてみると、軸が細い場合、どうしても力が入ってしまう。軸が太ければ、同じ力を加えたとしても、それが分散されるため、そう力が入ったという感じがしないのかもしれないとは思うのだが……。
 
 とにかく私は、万年筆ならモンブラン146の太さが気に入っているので、シャープペンシルにもモンブラン146と同じ軸の太さで、芯の太さは0.9ミリのものができれば理想的なんだがなあと思いつづけてきた。
 
 その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。その理想のシャープペンシルがついに登場したのである。一九九五年一月から販売されるようになった、マイスターシュテュック・グランド・コレクションのなかのシャープペンシル・モンブラン167がそれだ。このシリーズには161というボールペン、166というマーカーも揃っている。軸の色はブラックとボルドーの二色だ。
 
 モンブラン167シャープペンシルは、とにかくモンブラン146万年筆をシャープペンシルにしたものだと考えてもらうとわかりやすい。一番の特徴は軸の太さだ。モンブラン146の軸の太さは、手元のノギスで計測すると1.3センチである。モンブラン167シャープペンシルの軸の太さも1.3センチである。これは当然と言えば当然なのだがこの太さが私にとってはありがたいのだ。
 
 ちなみに私の愛用してきたモンブラン75シャープペンシルの軸の太さはというと、0.95センチである。その差は直径で3.5ミリにすぎない。たった3.5ミリだと思うかもしれないが、直径0.95センチの円周は約3センチであり、直径1.3センチの円周は約4センチで、その差は1センチある。つまり、モンブラン167はモンブラン75に比較して、軸のまわりが1センチ長いということになるのだ。これは軸を握ったときの感じがまったく違う。
 
 これまでモンブラン75を握ったときに、つい力が入ってしまうということがよくあったのだが、モンブラン167の場合はそういうことはなくなった。なにしろモンブラン146の万年筆と同じ太さなのだから。
 
 そして芯の太さは0.9ミリだ。これはモンブラン75シャープペンシルと同じだからなんの問題もない。問題は芯の濃さだ。モンブランの0.9ミリの替え芯はHBしかないのだ。私はこれはしかたがないので、ステッドラーの0.9ミリ2Bという芯に詰め替えて使用することにした。これまでもモンブラン75に詰めていたのと同じものである。
 
 モンブラン167シャープペンシルの芯繰出し機構はノック式ではない。キャップ回転式である。シャープペンシルのキャップ相当部分を右にひねれば芯が繰り出され、左に回すと芯が引っこむ方式である。そして芯を使いきった場合、自動的に芯タンクから芯が出てくるわけではない。その場合はキャップをはずし、芯タンクをふさぐ消しゴムをはずして芯タンクから芯を一本引き出す。そしてその芯をシャープペンシルの先端から押し込むのである。昔の、それも三十年以上前のシャープペンシルの芯の詰め方が復活したのである。戦国時代の火縄銃と同じような、先込め方式と言ってもいいだろうと私は思う。
 
 モンブラン146万年筆は、今から七十年も前に今のものとほとんど同じデザインで発売された。インクの吸入方式は当時と同じ回転式だ。完成された形で登場した万年筆と言えるだろう。なにしろ七十年間モデルチェンジがなかったのだから。それだけではない。ここへきて、軸やキャップにプラチナを用いたり、金とプラチナ、純銀を用いたりしたものが次から次へと登場するようになってきた。
 
 そのことと軌を一にするかのように、モンブラン146万年筆のシャープペンシル版と言うのか、モンブラン167シャープペンシルが、ついに現実のものとして私たちが毎日使用できるようになったのである。七十年もかかってと言うべきなのか、七十年たったからこそと言うべきなのか、とにかく私はモンブラン167シャープペンシルを手にすることができて幸せだと思うものである。
 
 モンブラン167シャープペンシルの使い心地はどうかというと、現在のところ私にとっては理想のシャープペンシルで文句をつけるところはどこにもない。手に持ったときのバランスもいい。芯はステッドラーの0.9ミリ2Bの濃さで紙の上を滑らかに文字を定着させていく。書き損じをしても、芯の濃さが2Bなので、消しゴムで難なく字を消すことができる。なにより手に力を入れる必要がないから疲れない。それは万年筆のときよりは若干よけい力が入っているようには思うが、軸が太いぶんだけ、加える力が少なくていいようだ。これまで愛用していたモンブラン75シャープペンシルに望んでいたことが、モンブラン167には全部備わっているという思いがする。
 
 つまり完璧だと私が思う商品に接したときに、いつも思うことなのだが、その商品に関して私はもう思いわずらうことから解放されて自由になったということなのである。私はシャープペンシルについては、どこかに私の気に入る製品はないかなと思うことはなくなったのである。これから私はシャープペンシルに関するかぎり、モンブラン167だけを常用にするつもりでいる。それが可能になったことがたいへんうれしいと思うのである。

鳥海 忠氏著 『ホンモノ探し』
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# by fullhalter | 2001-03-10 18:34 | 万年筆について書かれた本

モンブラン146森山モデル 

 私はモンブランの万年筆を四十本所有しているが、そのうちの五本は146というナンバーの製品である。 モンブランの誇るマイスターシュテュックには軸の太い順から149、146、144の三種類がある。 このマイスターシュテュツクの原型は一九二四年に売り出されたということだから、およそ七十年間にわたるロングセラーということになる。 私は146とともに144も三本持っているがいちばん軸の太い149は今は所持していない。 昔は一時期、購入し使用していたこともあった。 しかし、私の手には149はどうにも軸の太さが合わなくてイヤになり友人にやってしまった。 本当なら、146も私には軸がやや太い気がするので、146と144のあいだの太さのものがあればいいのだが、そういう製品はマイスターシュテュツクにはない。 で、146を使用しているのである。

 たしかにマイスターシュテュック146はペン先のしなり具合といい、インクの流出のスムーズさといい、インク吸入機構が七十年間変化のないピストン式だということといい、万年筆の傑作だと多くの人がいうのは素直に納得できる商品だと私も思う。
 
 私が持っているモンブラン146のうちの二本はペン先が特別に柔らかいものになっている。 ペン先の太さはMとBだ。 特別に柔らかいとはどういうことかというと、現在販売されている146につけられているペン先ではなくて、一九四〇年代の後半、つまり第二次大戦が終了したころ、モンブラン146に装着されていたペン先というのが、モンブランの日本総代理店ダイヤ産業に何本か残っているという話をダイヤ産業の森山信彦氏に聞き、無理をいってそのペンを頒けてもらい調整してもらったことがあるからである。 このペン先の柔らかさに近い書き味の万年筆といえば私の持っているもののなかでは、パイロットエラボーの中字のものしか思いあたらない。
 
 残る三本のモンブラン146のペン先はMのものばかりなのだが、このうちの二本は最初からMだったのではない。 BBという太さのものとBという太さのものを、森山さんによってMに削ってもらったいわくつきのものなのである。 森山モデルとは森山信彦氏によって新たにBBなりBからMに再生した万年筆という意味が込められているのである。
 
 もう八年前になるが、光文社文庫で『こだわり文房具』という本を出してもらったとき、私はモンブラン万年筆のデッドストックを探しに香港やシンガポールに出かけたことを書いた。 それを読んだ森山さんから連絡があり、私の持っているモンブラン万年筆のペン先を私の書き方に合わせて調整してくれるというのである。 私は訪ねてこられた森山さんの前で住所と氏名を何回も何十回も書いた。 それを見て森山さんは私の書きぐせを見抜いたのであろう。 当時私が所持していたモンブラン万年筆十教本は一ヵ月ほどしたら、どれもこれも、万年筆というのはこんなにも書き味のなめらかなものなのかと思うほど良好な状態のものになって私のところに戻ってきたのである。
 
 私は万年筆に対する森山さんの熱意に驚きいったいどういうわけで、こういう状態のペン先に調整することができるのかと森山さんに事情を聞いた。 私自身はモンブランばかりでなくほかのメーカーの万年筆も相当数持っている。 万年筆好きな人間だと自認している。 同じように森山さんも万年筆好きなのだが、その度合いが私など比較にならないくらい激しいのである。 なにしろ森山さんはモンブランの万年筆が好きでたまらなくて、ダイヤ産業に入社し、サービス部で万年筆の修理・調整を職業にしてしまったというのである。
 
 職業がらといってしまえばそれっきりではあるが、森山さん自身がまたモンブラン万年筆のコレタターとしては当代きっての人であることも何回か話を聞いているうちに判明してきた。 日本のモンブラン愛好家に少しでも書きやすい万年筆を使ってもらいたくて森山さんはこの二十年間に、何万いや何十万という本数の万年筆の調整を仕事として続けてきたというのである。
 
 その森山さんにいわゆる森山モデルの話を聞いたのはいつごろのことだったか。 モンブランのペン先のBとBB、これは太字、極大字のペン先の略称なのだが、それを持っている人はわかると思うがBあるいはBBのペン先というのは、ペン先が紙に正しい状態で接していればBなりBBの太さの文字が書ける。 ところが人間には十人十色の書きぐせがあり、すべての人が理想的な状態で万年筆を使用しているわけではない。 力の入れ方も人によって違うし、筆圧も違う。 万年筆の握り方や傾け方もさまざまである。 BやBBを傾けて使用すると紙を引っ掻いてしまったり、インクがちゃんと流れなかったりすることがある。 そういったことに森山さんは古くから気がついていた。 BとかBBというペン先をもっとなめらかなものにすることはできないのかと森山さんは自分の所持する万年筆をモデルにして何度も試行錯誤を重ねてきたというのである。 そしてそれがほぼ十年ぐらいたったころ、ようやくこれならと思えるものができるようになったのだそうである。
 
 森山さんはなにしろ、ペン先を調整するのに目の細かい紙ヤスリが必要になり、市販のもので間に合わないとわかると上質の和紙に金剛砂をしみこませて、たった一枚しかこの世に存在しない極極細の紙ヤスリを自分でこしらえてしまう人である。 万年筆のペン先の状態を向上させる熱意は並みのものではない。
 
 では森山モデルとはどういうものかというと、BなりBBなりの太さを犠牲にしてMにする代わり、どのように傾けようが、力を多少加えようが、BやBBのときには得られなかったなめらかな書き味が保証されるというものなのである。 しかも最初からMのペン先とは違い、インクの流れに余裕があるから文字がゆったりした太さになるという特徴も持っているのである。
 
 私は原稿を万年筆で書くことが多い。 放送原稿は鉛筆やシャープペンシルのこともあるが、活字用の原稿はまず万年筆を用いる。 その際BやBBだと文字が太くなりすぎて、原稿用紙のマス目いっぱいになり、見た感じが、つまり文字と余白とのバランスがぴったりこないのである。 そうするとBとかBBというペン先の出番が減る。 それをなんとかしたいなと思っていたところへ、森山モデルの話である。 私は森山さんに146のペン先を森山モデルにしてくれるよう依頼した。 もちろん私の書きぐせを考慮のうえ調整してくれるようにとお願いしたのはいつものとおりである。
 
 モンブランのマイスターシュテュックは熟練した職人が手作りで万年筆を作っている。 ペン先も同じだ。 もちろん道具は使う。 ただ手作りのためペン先の太さFとかMとかBというのは職人が自分の目で確認して選択するのだという。 またペン先は同じように製造されても一本一本すべて書き味が違う。 だからBなりBBというペン先も、場合によってはBでもMに近いものもあればBBに近いものもある。 万年筆というか、モンブラン万年筆はそういった万年筆だということは頭のどこかにいれておいていただきたい。
 
 一ヵ月ほどして生まれかわったペン先を確認するため私は浜松町に行き森山さんから、BとBBがMに変化したモンブラン146を受け取った。 ルーペでペン先を覗いてみると、BやBBのときにとがっていたペン先の形が丸くなっている。 太さも前よりは細くなっている。 私は二本のモンブラン146を交互に手にし、極端に右に傾け、左に傾け自分の名前を書き続けた。 二本ともインクの流れが途切れることはない。 ペンを左右どちらにどんなに傾けても、ペン先が紙を引っ掻くこともない。 そして両者ともにたしかにMの太さなのだが、BBだったペン先のほうがBだったものより心持ち太い文字が書けるようになっている。 私はこうなってほしいなと考えていたことが、森山さんという名手のおかげで現実のものとなり、まだこの世に何百本もあるわけではない森山モデルの初期の二本を自分のものにすることができたのである。
 
 ペン先の調整・検査に関しての森山さんの技術はモンブラン本社でも認めている。 ドイツ・ハンブルクにあるモンブラン本社の役員が来日して森山さんの調整したペン先のなめらかさに驚き、モンブランの工場でその技術を教えてくれるようにという要請があったというのである。
 
 もともと、森山さんがペン先調整の技術を習得したハンブルクのモンブラン万年筆の本社から、そういう話がくるくらい、森山さんの腕は、それこそ国際的に認められているのである。 森山さんが、ドイツのモンブランの工場でドイツの人々に万年筆調整の技術を教える話は、先方の希望が二年か三年という長期にわたるものなので実現しなかった。 そのあいだの日本での検品や調整をする人がいなくなってしまうからという理由からであった。  
 ところで、モンブラン万年筆の日本総発売元は一九九三年三月、ダイヤ産業からダンヒルグループジャパン株式会社に移った。 森山さんも、ダイヤ産業からダンヒルグループジャパンに移り、以前と同じようにモンブラン万年筆のペン先の調整、万年筆全般の検品を担当していた。
 
 その森山さんが、独立し東京・大井町に万年筆店を開くというのである。 モンブラン万年筆の調整はどうなるのか、私は他人ごとながら心配になった。 話を聞いてみると、森山さんは独立しても相変わらず、モンブラン万年筆のペン先の調整・修理は続けるというのである。 もちろんダンヒルグループジャパンには森山さんと一緒にペン先の調整を担当する人たちは残っている。 私は日本の万年筆愛好家のためによかったとひと安心した。  
 
 さらにいえば、森山さんはこれからはモンブランだけでなく、ペリカンだろうがパーカーだろうがシェーファーだろうが、あるいは日本のメーカーの製品だろうが、万年筆の書き味にこだわる人々の相談に応じてくれるようになったということでもある。 そのための独立だというのだ。 万年筆好きの一人として、私は本当によかったと思った。
 
 このところ私は原稿を書くときは、モンブラン146の森山モデルばかりを使用している。 なめらかな書き味で、スラスラヌルヌルと文字を書くことが楽しいのである。 それこそ私は理想に近い万年筆で、思う存分、文字を書く自由を得ているということになる。
 
 私はキャップ・軸ともに千分の九百二十五という純度のスターリングシルバー製、ペン先は一八金の太さBという傑作万年筆モンブラン1266を持っている。 この絶版万年筆は今から八年か九年前、ようやく香港で探しあてたホンモノである。 私はこの1266を森山モデルに変更してもらいたいと思い、今その時期をうかがっているところなのである。

追記
 日本におけるモンブラン万年筆の消費者サービスの充実に関しては、元ダイヤ産業専務で現ダンヒルグループジャパン・モンブラン事業本部長、島久雄氏の功労をはずすわけにはいかないだろう。 モンブラン製品のアフターサービスの基礎は島氏が築いたものだ。 私はその恩恵を十分に受けた。 また私は島氏から万年筆業界の動向についておりにふれ教示を受けている。 ありがたいことだと思っている。   

鳥海 忠氏著 『ホンモノ探し』


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# by fullhalter | 2001-02-24 16:27 | 万年筆について書かれた本

『ホンモノ探し』概要

【 著 者 】   鳥海忠――エッセイスト。放送作家。中央大学マスコミ講座講師。
【 出版社 】   株式会社 光文社 (光文社文庫)
【 発 行 】   1995年8月20日

【 まえがき 】  
  ……
  とにかく、好奇心のおもむくところ、私はホンモノを探して試行錯誤をくり返してきた。そして結局私たちが満足するのは、ホンモノによってでしかないと思い至ったのである。ホンモノといっても、人によってそれぞれであるのは当然である。ここに記したのは、あくまでも私にとってのホンモノとホンモノ探しの経過であり、このうちのいくつかは参考に供することができるだろうと思っている。
  私としては多くのホンモノに接することにより、ある程度は生活が豊かになったような気がしている。私はこれからも、できるかぎりホンモノ探しを続けるつもりでいる。

【 目 次 】

シングルモルトの最高峰ラガブリン16年/モンブラン146森山モデル/英王室御用達ブリッグ・アンブレラ/ダッフルコートのオリジナルカラーはネイビーかベージュか/ベルリンにおけるビールの注ぎ方/並木籔蕎麦のつゆの作り方/製造番号一番の双眼鏡/ナンバーワン・サック・スーツ/ドミニク・フランス本店のネクタイ/背中のポケット/リーガルシューズとくろすとしゆき/L・L・ビーン・メールオーダー/ペッカリの手袋/バーバリーとアクアシュキュータム/円盤型の中国茶・雲南七子餅茶/鉄道時計/一年の誤差10秒以内/アメリカの懐中電灯/スイス兵士が持っているアーミーナイフ/ダンヒル・アーミーマウントパイプ/照度計とZライト/築地で探した牛刀と文化包丁/アルカリイオン水の味/正統派ジン・ライム・ソーダ/サッポロ一番とハイミーの関係/日本酒を優雅に味わう漆塗りの片口/一分間に三千回震動する電動歯刷子/尾張屋清七版江戸切絵図/一万分の一地図で地元を見直す/広重画 名所江戸百景/うそ替え神事/薬のういろう/ほのおうちわとからすうちわ/なるしまフレンド・ロードレーサー/一眼レフカメラ/早指し二段 森田将棋/ウォールストリートブリーフケース/ウォールストリートブリーフケース/ 0.9ミリシャープペンシル――モンブラン167
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# by fullhalter | 2001-02-24 15:54 | 万年筆について書かれた本